初めて意識をして見たクラシック世代を辿る(其の五)-ウイニングチケット(1990.3.21)-。

私も案外長いこと競馬を見ていることに気付いてしまいました。現3歳の2009年生まれ世代で都合20世代のクラシックを見ることになります。そりゃ、ピチピチの10代やったのに、30代半ばに差し掛かりますわ(笑)

そんな訳で、初めて意識をして見たクラシック世代である、1990年生まれ世代のGI勝ち馬たちを辿ってみたいと思います。

折しも皐月賞(GI)トライアル・弥生賞(GII)の開催週ということで、19年前の勝ち馬にして日本ダービー馬をご紹介致します。

ウイニングチケット 牡 黒鹿毛 1990.3.21生 静内・藤原牧場生産 馬主・太田美實氏 栗東・伊藤雄二厩舎

ウイニングチケット(1990.3.21)の4代血統表
トニービン
鹿毛 1983.4.7
種付け時活性値:1.50
カンパラ
鹿毛 1976.2.19
Kalamoun
芦毛 1970.4.30
ゼダーン 1965
Khairunissa 1960
State Pension
鹿毛 1967
オンリーフォアライフ 1960
Lorelei 1950
Severn Bridge
栗毛 1965
Hornbeam
栗毛 1953
Hyperion 1930.4.18
Thicket 1947
Priddy Fair
鹿毛 1956
Preciptic 1942
Campanette 1948
パワフルレディ
黒鹿毛 1981.5.27
仔受胎時活性値:2.00
マルゼンスキー
鹿毛 1974.5.19
種付け時活性値:1.50
Nijinsky
鹿毛 1967.2.21
Northern Dancer 1961.5.27
Flaming Page 1959.4.24
シル
鹿毛 1970.4.22
Buckpasser 1963.4.28
Quill 1956.2.24
ロッチテスコ
鹿毛 1975.2.16
仔受胎時活性値:1.25
テスコボーイ
黒鹿毛 1963
種付け時活性値:0.75
Princely Gift 1951
Suncourt 1952
スターロッチ
鹿毛 1957.4.16
仔受胎時活性値:0.25
★ハロウェー
黒鹿毛 1940
種付け時活性値:0.00
コロナ
栗毛 1943.4.20
仔受胎時活性値:1.25

<5代血統表内のクロス:Hyperion4×5、Nasrullah5×5>

ウイニングチケット(1990.3.21)の中島理論的総括
母父 祖母父 曾祖母父
トニービン
(ゼダーン系)
マルゼンスキー
(Nijinsky系)
テスコボーイ
(Princely Gift系)
★ハロウェー
(Fairway系)
形相の遺伝 料の遺伝 牝系 母の何番仔?
トニービン 4.75 半弟ロイヤルタッチ
(No.11-c クレイグダーロッチ系)
6番仔
(6連産目)

*

第60回日本ダービー(GI)の結果(上位5頭。馬齢は現年齢表記に合わせる)


馬名 性齢
騎手 走破
時計
着差 上り
3F
馬体重
[前走比]
調教師
1 10 ウイニングチケット 牡3 57 柴田政人 2:25.5    36.2 458
[-2]
伊藤雄二 1
2 7 ビワハヤヒデ 牡3 57 岡部幸雄 2:25.6 1/2 36.3 474
[-4]
浜田光正 2
3 1 ナリタタイシン 牡3 57 武豊 2:25.8 1.1/4 35.9 430
[+4]
大久保正陽 3
4 4 ガレオン 牡3 57 杉浦宏昭 2:26.1 2 37.0 476
[-2]
二本柳俊夫 8
5 5 マイシンザン 牡3 57 田原成貴 2:26.1 アタマ 36.8 514
[+2]
山本正司 4

「皇太子殿下御成婚奉祝」をサブタイトルとした第60回東京優駿。サスガ、皇室との関わり合いを強調するJRA。戦前の単勝人気はウイニングチケット3.6倍、ビワハヤヒデ(1990.3.10)3.9倍、ナリタタイシン(1990.6.10)4.0倍と三強が人気を分けあいました。終わってみれば、その通りにウイニングチケット、ビワハヤヒデ、ナリタタイシンで決着。ファンはよく知っています。

レースは、ウイニングチケットは道中中段やや後方の内々でじっと我慢して徐々に進出、4コーナーでポッカリと空いた内ラチ沿いから抜け出し。逆に先行集団にいたビワハヤヒデは、4コーナーで2番手に付けていたドージマムテキ(1990.3.31)がヨレたことにより外に振られる形になりました。ナリタタイシンは唯我独尊といった感じでほぼ最後方から直線一気。そうして、ラスト1ハロンを切ってからは3頭の競馬。

最後、勝負を分けたのは、柴田政人騎手(現調教師)のダービー制覇への執念だったように思います。「鬼気迫る」とは、まさにあの時の柴田騎手の形相と追いっぷりの為にあるのではないでしょうか。CX系の通常中継のVTRを見ると、声を出して吠えられているようにも見えます。そんなマサトさんの魂の咆哮にも鼓舞されて、ウイニングチケット。府中芝2400mの決勝点、その名の通りに勝利への切符を蹄中に収めました。

大願、宿願、念願、悲願。いろんな願いがありますが、馬に携わる人にとって、ホースマンの誰しもが思い馳せるダービー制覇は、その最たるものでしょう。ウイニングチケットは藤原牧場、伊藤雄二調教師、太田美實オーナー、そして柴田騎手、いずれもに日本ダービー初制覇を贈りました。

*

第30回弥生賞(GII)の結果(上位5頭。馬齢は現年齢表記に合わせる)


馬名 性齢
騎手 走破
時計
着差 上り
3F
馬体重
[前走比]
調教師
1 10 ウイニングチケット 牡3 55 柴田政人 2:00.1 レース
レコード
35.0 466
[+10]
伊藤雄二 1
2 9 ナリタタイシン 牡3 55 武豊 2:00.4 2 35.4 422
[+4]
大久保正陽 2
3 7 ステージチャンプ 牡3 55 蛯名正義 2:00.4 クビ 35.5 450
[-2]
矢野進 11
4 1 ツジユートピアン 牡3 55 田原成貴 2:00.6 1 35.7 502
[-2]
伊藤修司 6
5 11 サンエイキッド 牡3 55 加藤和宏 2:00.6 ハナ 35.5 454
[0]
古川平 7

この弥生賞が実はトニービン産駒の重賞初勝利でした。ウイニングチケット、満2歳時の新馬戦、葉牡丹賞、ホープフルS(OP)に続いて4連勝目をレースレコードで飾りました。勝ち時計2分0秒1は当時の皐月賞(GI)レコードよりも速く、現在でもレースレコードとして残っています。この時点でウイニングチケットは中山芝2000m3戦3勝。「皐月賞はこの馬で決まり」と誰しもが思ったでしょう。そりゃそうです。けれど、1ヶ月後の本番では2着のナリタタイシンが逆襲を見せました。そしてまた、この時はまだまだ知られていなかった「トニービン産駒は府中でこそ」。ウイニングチケットの本領は晩春の東京競馬場で発揮されたのでした。

*

第41回京都新聞杯(GII)の結果(上位5頭。馬齢は現年齢表記に合わせる)


馬名 性齢
騎手 走破
時計
着差 上り
3F
馬体重
[前走比]
調教師
1 4 ウイニングチケット 牡3 57 柴田政人 2:13.3    34.4 466
[+8]
伊藤雄二 1
2 6 マイヨジョンヌ 牡3 57 武豊 2:13.3 クビ 35.0 454
[0]
畠山重則 2
3 9 トーヨーリファール 牡3 57 松永昌博 2:13.4 1/2 35.0 468
[0]
松永善晴 3
4 1 ロイヤルフェロー 牡3 57 村本善之 2:13.8 2.1/2 35.2 480
[+2]
柴田政見 8
5 2 ユウキダイオー 牡3 57 田島裕和 2:13.9 3/4 35.1 486
[0]
福島勝 5

振り返れば、当時の京都新聞杯は本番と同斤量で行なわれていたのですね。そんな菊花賞トライアルは、ウイニングチケット、関西馬なのに関西のレースの初見参でした。レースは逃げたマイヨジョンヌ(1990.4.8)と2番手で続いたトーヨーリファール(1990.5.10)の決着になるかと思われました。いま見直すと、ウイニングチケット、けっこう絶望的な感じの4コーナーから直線の入り口。けれど、それでも最後の最後、本当に最後の最後で「クビ」だけ交わし切ったのは、ダービー馬の底力。先行馬2頭が出走馬中2番目に速い上がり3ハロン35秒0の脚を使っているのに対して、それを0秒6も上回る34秒4の切れ味もサスガでした。

#余談。見れば、ウイニングチケットが制した2つのGIIレースの2着は、共に川上悦夫さんが生産されたリヴリア(1982.4.20)産駒でした。なお、マイヨジョンヌは2歳暮れのホープフルSでも2着に下しています。

*

現在は、うらかわ優駿ビレッジAERUにて余生を過ごしているウイニングチケット。2010年の函館競馬場における、ビワハヤヒデとの共同のお披露目の動画を見たのですが、本当に若々しい馬体。黒鹿毛は真に美しいまま。

ウイニングチケットという馬は、何故か「青春」という単語で思い起こすことが多いのですけれど、「一生青春」でいて欲しいものです。

まぶたを閉じれば、黄色の帽子、「赤、水色一本輪、袖黄縦縞」の勝負服、鞍上の思いも乗せた黒鹿毛の疾走が、私自身の青春と共によぎります。

  

では、以上オオハシでした。これから走る馬、人すべてが無事でありますように。

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