ミホノブルボン(1989.4.25)。

春を迎えると、日々、馬の誕生日を思ってしまうオオハシでございます。という訳で、その日に生まれた馬を辿る企画を、今年は毎週水曜日にお届けしたいと思います。その8回目は「栗毛の超特急」を。

ミホノブルボン 牡 栗毛 1989.4.25生 門別・原口圭二氏生産 馬主・(有)ミホノインターナショナル 栗東・戸山為夫厩舎→松元茂樹厩舎

ミホノブルボン(1989.4.25)の4代血統表
マグニテュード
鹿毛 1975.3.16
種付け時活性値:1.25
Mill Reef
鹿毛 1968.2.23
Never Bend
鹿毛 1960.3.15
Nasrullah 1940.3.2
Lalun 1952
Milan Mill
鹿毛 1962.2.10
Princequillo 1940
Virginia Water 1953.4.18
Altesse Royale
栗毛 1968
セントクレスピン
栗毛 1956
Aureole 1950
Neocracy 1944
Bleu Azur
栗毛 1959
Crepello 1954
Blue Prelude 1951
カツミエコー
青毛 1983.5.18
仔受胎時活性値:1.25
シャレー
青鹿毛 1976.2.6
種付け時活性値:1.50+α
Luthier
黒鹿毛 1965.3.22
Klairon 1952
Flute Enchantee 1950
Christiana
栗毛 1967
Double Jump 1962
Mount Rosa 1957
ハイフレーム
栗毛 1968.5.21
仔受胎時活性値:1.50
ユアハイネス
栗毛 1958
種付け時活性値:0.25
Chamossaire 1942
Lady Grand 1943
カミヤマト
黒鹿毛 1959.5.8
仔受胎時活性値:2.00
ライジングフレーム
黒鹿毛 1947
種付け時活性値:0.75
コロナ
栗毛 1943.4.20
仔受胎時活性値:1.75

<5代血統表内のクロス:Nearco5×5(父方)>

ミホノブルボン(1989.4.25)の中島理論的総括
母父 祖母父 曾祖母父
マグニテュード
(Mill Reef系)
シャレー
(Luthier系)
ユアハイネス
(Hurry On系)
ライジングフレーム
(Cyllene系)
形相の遺伝 料の遺伝 牝系 母の何番仔?
シャレー
(Hill Gail)
6.50
(No.11-c クレイグダーロッチ系)
初仔

*

第43回朝日杯3歳S(現朝日杯FS、GI)の結果(上位5頭。馬齢は現年齢表記に合わせる)


馬名 性齢
騎手 走破
時計
着差 上り
3F
馬体重
[前走比]
調教師
1 4 ミホノブルボン 牡2 54 小島貞博 1:34.5    35.5 496
[-10]
戸山為夫 1
2 6 ヤマニンミラクル 牡2 54 田島良保 1:34.5 ハナ 35.3 442
[-8]
浅見国一 2
3 1 エーピージェット 牡2 54 的場均 1:34.8 2 35.6 518
[0]
元石孝昭 5
4 2 マチカネタンホイザ 牡2 54 岡部幸雄 1:35.0 1.1/4 35.6 472
[-4]
伊藤雄二 3
5 5 シャートストーン 牡2 54 郷原洋行 1:35.2 1.1/4 35.7 464
[-2]
吉野勇 4

ミホノブルボンの勝利のうち、最も2着馬に詰め寄られた現年齢表記2歳王者決定戦。外から迫るヤマニンミラクル(1989.3.15)をハナ差退けてのゴールは、鞍上の小島貞博騎手に平地のGI級レース初勝利をもたらしました。

*

第41回スプリングS(GII)の結果(上位5頭。馬齢は現年齢表記に合わせる)


馬名 性齢
騎手 走破
時計
着差 上り
3F
馬体重
[前走比]
調教師
1 1 ミホノブルボン 牡3 56 小島貞博 1:50.1    37.6 490
[-6]
戸山為夫 2
2 5 マーメイドタバン 牡3 56 大塚栄三郎 1:51.3 7 38.0 440
[-8]
和田正道 13
3 8 ダッシュフドー 牡3 56 谷中公一 1:51.6 1.3/4 38.6 484
[-10]
阿部新生 7
4 3 ライスシャワー 牡3 56 柴田政人 1:51.7 クビ 38.5 450
[+6]
飯塚好次 12
5 7 マチカネタンホイザ 牡3 56 岡部幸雄 1:51.8 1/2 38.5 470
[-10]
伊藤雄二 4

全8戦のキャリアのうち、唯一2番人気となった満3歳初戦のスプリングS。記録を辿ると、このレースから逃げて自分のペースで走るようになりました。重馬場をスイスイと走り、後続に有無を言わさない大圧勝。ミホノブルボンの進路が定まったレースでした。

*

第52回皐月賞(GI)の結果(上位5頭。馬齢は現年齢表記に合わせる)


馬名 性齢
騎手 走破
時計
着差 上り
3F
馬体重
[前走比]
調教師
1 4 ミホノブルボン 牡3 57 小島貞博 2:01.4    37.1 490
[0]
戸山為夫 1
2 5 ナリタタイセイ 牡3 57 南井克巳 2:01.8 2.1/2 37.0 492
[0]
中尾謙太郎 4
3 1 スタントマン 牡3 57 角田晃一 2:02.1 1.3/4 37.2 454
[-6]
渡辺栄 5
3 6 アサカリジェント 牡3 57 柴田政人 2:02.1 同着 37.2 468
[+2]
河野通文 2
5 7 マヤノペトリュース 牡3 57 田原成貴 2:02.2 1/2 36.4 454
[-6]
坂口正大 6

2枠4番という内枠も利して好発一気に迷わず逃げたミホノブルボン。16頭を引き連れて、一度も先頭を譲ることなく、5戦5勝で皐月賞制覇となりました。

*

第59回日本ダービー(GI)の結果(上位5頭。馬齢は現年齢表記に合わせる)


馬名 性齢
騎手 走破
時計
着差 上り
3F
馬体重
[前走比]
調教師
1 15 ミホノブルボン 牡3 57 小島貞博 2:27.8    37.1 494
[+4]
戸山為夫 1
2 13 ライスシャワー 牡3 57 的場均 2:28.5 4 37.6 430
[-4]
飯塚好次 16
3 5 マヤノペトリュース 牡3 57 田原成貴 2:28.5 ハナ 37.0 460
[+6]
坂口正大 5
4 7 マチカネタンホイザ 牡3 57 岡部幸雄 2:29.2 4 37.1 470
[-4]
伊藤雄二 8
5 18 スタントマン 牡3 57 角田晃一 2:29.7 3 38.5 462
[+8]
渡辺栄 6

「師弟愛の結実」を見た1992年の春。私が競馬者としての歩みを始める半年前のお話。橙の帽子に、「桃、黄銭形散、桃袖」の勝負服が、栗毛の流星と共に府中芝2400mを逃げ切りました。これで6戦6勝とし、前年のトウカイテイオー(1988.4.20)に続いて、2年連続で無敗の2冠馬となりました。

血統から来る距離不安を唱えられたミホノブルボン、終わってみれば皐月賞よりも差を着けて4馬身差の楽勝。その絶対能力の高さを、まざまざと見せ付けたのでした。

*

第40回京都新聞杯(GII)の結果(上位5頭。馬齢は現年齢表記に合わせる)


馬名 性齢
騎手 走破
時計
着差 上り
4F
馬体重
[前走比]
調教師
1 10 ミホノブルボン 牡3 57 小島貞博 2:12.0 日本
レコード
47.7 508
[+14]
戸山為夫 1
2 1 ライスシャワー 牡3 57 的場均 2:12.2 1.1/2 47.5 438
[-4]
飯塚好次 2
3 8 ヤマニンミラクル 牡3 57 河内洋 2:12.8 3.1/2 47.7 448
[-2]
浅見国一 4
4 9 バンブーゲネシス 牡3 57 武豊 2:13.0 1 47.7 532
[-4]
武邦彦 10
5 3 グラールストーン 牡3 57 松永昌博 2:13.1 1/2 48.3 528
[0]
松永善晴 8

満3歳秋初戦として選ばれたのは京都新聞杯。+14kgと更なる馬体の成長を見せたミホノブルボン、やはり逃げて圧倒し、芝2200m2分12秒0の日本レコードでの快勝。

しかし、忍び寄る2番手ライスシャワー(1989.3.5)との着差は、日本ダービーの折の4馬身から1と2分の1馬身まで縮まっていました。

*

第53回菊花賞(GI)の結果(上位5頭。馬齢は現年齢表記に合わせる)


馬名 性齢
騎手 走破
時計
着差 上り
4F
馬体重
[前走比]
調教師
1 8 ライスシャワー 牡3 57 的場均 3:05.0 日本
レコード
46.6 438
[0]
飯塚好次 2
2 7 ミホノブルボン 牡3 57 小島貞博 3:05.2 1.1/4 47.3 512
[+4]
戸山為夫 1
3 10 マチカネタンホイザ 牡3 57 岡部幸雄 3:05.2 アタマ 46.9 484
[+4]
伊藤雄二 3
4 2 メイキングテシオ 牡3 57 大崎昭一 3:06.4 7 47.7 446
[-4]
橋口弘次郎 6
5 18 ダイイチジョイフル 牡3 57 千田輝彦 3:06.7 2 47.5 454
[0]
伊藤雄二 8

「逃げていれば」の声も、すでに20年前。距離に対する不安は陣営が最も理解していたことでしょう。それでも、ハードトレーニングをこなしたミホノブルボンであれば、無敗で2冠を達成し、なおのこと菊花賞トライアルをも制したミホノブルボンであればと、誰しもが思いました。けれど、晩秋の菊舞台で待っていたのは、関東の刺客による、逆転。ただ、敗れても2着を死守したところに、内をすくったマチカネタンホイザ(1989.5.7)には抜かされなかったところに、ミホノブルボンの矜持を見ました。

この1992年11月8日に行われた第53回菊花賞は、私が生涯で初めて意識をして見た競馬のレースでした。競馬者としての歩みを始めた、忘れることが出来ない大切なレースです。

*

現在は生まれ故郷に戻り、余生を過ごしているミホノブルボン。余生を過ごすというものの、2007年を最後に種付けは行なっていないものの、種牡馬として供用停止されている訳ではないようです。鮮やかな栗毛の流星は、生産者さんの心意気にも後押しされて、生涯現役でいるのでしょう。

調教師や騎手、そして自身に唯一先着した相手のところへ行くのは、まだ、もう少し先。ミホノブルボン、これからもどうぞ息災に。

  

では、以上オオハシでした。これから走る馬、人すべてが無事でありますように。

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