第70回菊花賞(JpnI)の勝ち馬。

スリーロールス 牡 鹿毛 2006.4.26生 新ひだか・武牧場生産 馬主・永井商事(株) 栗東・武宏平厩舎

スリーロールス(2006.4.26)の4代血統表
ダンスインザダーク[A]
鹿毛 1993.6.5
種付け時活性値:1.00
サンデーサイレンス
青鹿毛 1986.3.25
★Halo
黒鹿毛 1969.2.7
Hail to Reason 1958.4.14
Cosmah 1953.4.4
Wishing Well
鹿毛 1975.4.12
Understanding 1963.2.17
Mountain Flower 1964.3.23
ダンシングキイ
鹿毛 1983.5.21
Nijinsky
鹿毛 1967.2.21
Northern Dancer 1961.5.27
Flaming Page 1959.4.4
Key Partner
鹿毛 1976.3.26
Key to the Mint 1969.3.9
Native Partner 1966.4.5
スリーローマン
青毛 1997.5.20
仔受胎時活性値:2.00
ブライアンズタイム[A]
黒鹿毛 1985.5.28
種付け時活性値:0.75
Roberto
鹿毛 1969.3.16
Hail to Reason 1958.4.18
Bramalea 1959.4.12
Kelley’s Day
鹿毛 1977.5.11
Graustark 1963.4.7
Golden Trail 1958.3.5
アコニットローマン
黒鹿毛 1990.4.18
仔受胎時活性値:1.50
[スリーローマンは2連産目の2番仔]
ブレイヴェストローマン[A]
鹿毛 1972.5.19
種付け時活性値:0.25
Never Bend 1960.3.15
Roman Song 1955.2.24
カミモリレディー
青鹿毛 1981.6.8
仔受胎時活性値:2.00
[アコニットローマンは4連産目の4番仔]
ネプテューヌス[G]
黒鹿毛 1961.4.22
種付け時活性値:0.75
カミモリダイテン
鹿毛 1973.4.12
仔受胎時活性値:1.75

<5代血統表内のクロス:Hail to Reason4×4、Graustark5×4>

スリーロールス(2006.4.26)の中島理論的総括
形相の遺伝 料の遺伝 牝系 何番仔?
ダンスインザダーク 7.25 母がGIII3着馬
(No.7-D アコニット系)
3番仔
(3連産目)
第70回菊花賞(JpnI)の結果(上位5頭)


馬名 性齢
騎手 走破
時計
着差 上り
3F
馬体重
[前走比]
調教師
1 1 スリーロールス 牡3 57 浜中俊 3:03.5    35.2 498
[+4]
武宏平 8
2 3 フォゲッタブル 牡3 57 吉田隼人 3:03.5 ハナ 35.0 490
[+8]
池江泰郎 7
3 12 セイウンワンダー 牡3 57 福永祐一 3:03.7 1 1/4 35.2 514
[-2]
領家政蔵 6
4 14 イコピコ 牡3 57 四位洋文 3:03.9 1 34.8 464
[+2]
西園正都 2
5 9 リーチザクラウン 牡3 57 武豊 3:03.9 クビ 36.2 506
[+8]
橋口弘次郎 1
第70回菊花賞(JpnI)のラップタイム
1F毎の
ラップ
12.9-11.5-11.7-11.9-11.9-12.1-12.6-12.6-12.5-13.4-12.9-11.7-11.4-12.2-12.2
上り 4F 47.5-3F 35.8

1枠1番のスリーロールス、2枠3番のフォゲッタブル(2006.4.3)。18頭中2頭だけの出走だったダンスインザダーク産駒のワンツーフィニッシュ。どちらが勝っても3回目の父仔制覇。ハナ差の決着、わずかに軍配が上がったのは、外のスリーロールス。もっとも良いスタートを切ったスリーロールスは、道中内ラチ沿いの4番手の好位追走。最後の直線のお行儀があまりよろしくなかったのはご愛敬でしょうか。いえ、淀芝外回り3000mはそれだけ厳しい戦いということなのでしょう。打ち克つ為に必要なものはスタミナと底力。顔を見ればあどけなさが残る3歳の鹿毛馬が、内から迫ったフォゲッタブルに並び掛けられては伸び、若武者の鼓舞に応えて、見事に勝利を収めました。

殊勲の鞍上となった浜中俊騎手は、初のジーワン制覇が嬉しいクラシック勝利となりました。浜中騎手は1988年12月25日生まれの弱冠20歳。今回1番人気だったリーチザクラウン(2006.2.5)の武豊騎手が初めて制したジーワンも菊花賞、そうスーパークリーク(1985.5.27)による1988年11月6日の第49回でしたが、その時には浜中騎手はまだご母堂の胎内にいたのです。今回、フジテレビ系列の競馬中継でホースコラボレーターの細江純子さんが「浜中騎手のご両親がとても競馬好きで、浜中騎手が生まれる時も有馬記念、ジーワンレースのテレビ中継を見てから病院に向かわれた(大意)」とおっしゃっていましたが、その有馬記念(GI)は1988年12月25日の第33回有馬記念のことだったんですね。武騎手にとっては「失格」の苦い思い出があるレースの当日に、浜中騎手はこの世に生を受けられたのでした。ただただ、時は流れます。

余談となりますが、武豊騎手といえば、スリーロールスを管理される武宏平調教師は、その名字のとおり、親戚なんですよね。宏平師とユタカさんの父君である武邦彦元調教師がいとこ同士。宏平師とユタカさんの関係を卑近な例で引くと、そう、ノリスケさんとタラちゃんの関係ですね。……合わせて、スリーロールスの生産牧場である武牧場。こちらもまた、その名前のとおり、親戚が経営されている牧場です。Wikipediaの記事によると、宏平師の長兄であった故・武勇氏が前代表者だったとのことです。言うならば、今回の菊花賞は「武は武でも武宏平と武牧場のほうだ」という結果でもありました。

そしてまた、2008年10月26日、昨年の菊花賞当日に行われた淀芝1800mの「伝説の新馬戦」は、スリーロールスにより新たな伝説が加えられたのでした。その新馬戦は1着アンライバルド(2006.4.13)、2着リーチザクラウン、3着ブエナビスタ(2006.3.14)、そして4着スリーロールス。5大クラシックのうち4戦をこの新馬戦の4着までの馬が占め、そしてリーチザクラウンの日本ダービー(JpnI)2着により、5大クラシック完全連対という結果でした。これを伝説の新馬戦と言わずして、なんと言うのでしょう。よくぞこれだけの素質馬たちが一堂に会したものです。

では、以下にスリーロールスのごく簡単な近親牝系図を示しておきます。

カミモリレディー 1981.6.8 中央4勝
|アコニットローマン 1990.4.18 地方3勝
||オペラハット 1996.5.20 地方3勝 ジャパンダートダービー(現JpnI)2着
||スリーローマン 1997.5.20 中央4勝 府中牝馬S(GIII)3着
|||スリーロールス 2006.4.26 (本馬) 菊花賞(JpnI)

さかのぼれば5代母アコニット(1962)を日本の基幹繁殖牝馬とする7号族。そのアコニットの仔に1981年の皐月賞(現JpnI)、日本ダービーを制したカツトップエース(1978.4.20)がいます。2冠を制した後、屈腱炎で3冠に挑めなかったカツトップエース。28年越しで同一牝系から菊花賞を制する馬が輩出されました。

また、母のスリーローマン。マルカキャンディ(1996.5.13)、ティコティコタック(1997.3.11)、スリーローマンの差し脚合戦となり「クビ」「クビ」の決着だった2001年の府中牝馬Sは、なかなかの好勝負だったと思います。しかし、もう8年も前の話ですか。まだ私も四捨五入すれば20歳になる年齢の時のことでした。

ついで、純然たる中島理論的な解釈を行うと、母方の世代交代から、強力な料的遺伝値を示します。母系4代の世代交代がいずれも満8歳までに行われており、2.00が2回、1.75が1回、1.50が1回で総和が7.25。近年のジーワン勝ち馬ではテイエムオーシャン(1998.4.9)の7.50に次ぐ強大な数値です。

私のもっとも好きな競馬格言は「菊花賞の勝ち馬にフロック無し」です。淀の坂越え芝3000mを制した者の実力に紛れがないことは、先達の菊花賞馬の戦歴からも伺い知れます。別路線のチャレンジャーから王座を勝ち取ったスリーロールス、浜中俊騎手と共にさらなる活躍を祈ります。

いや、しかし、競馬は本当に素敵ですね。今回の菊花賞もまた競馬が点から線となりました。父と母の走っていた姿を知っている自分が、その仔たちの走る姿を見られるのですから。時の流れに溶け込める時。そんな時、競馬者は限りなく優しくなれるもの。という訳で、これからもどうぞ素晴らしい物語を。

では、以上オオハシでした。これから走る馬、人すべてが無事でありますように。

おまけ。「ダンスインザダーク1着2着!!」と叫ぶオオハシ。

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#追記。この「レースを見ながら叫ぶ」というアイデアのポッドキャストは私のオリジナルではありません。元々はボロ株観光テレビ様にて配信されていた「ボロ株観光ラジオ」が起源と思われます。改めて記しておきます。

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