自分と同じ年に生まれた馬を辿る(其の拾)-キョウエイプロミス(1977.4.14)-。

今年2013年の春は、自分と同じ年に生まれた馬を誕生日順に辿ろうという企画でございます。その第10回はキョウエイプロミス。

キョウエイプロミス 牡 鹿毛 1977.4.14生~2003.1.13没 浦河・三好牧場生産 馬主・松岡正雄氏 美浦・高松邦男厩舎

キョウエイプロミス(1977.4.14)の4代血統表
ボールドリック
黒鹿毛 1961
種付け時活性値:1.75
Round Table
鹿毛 1954
Princequillo
鹿毛 1940
Prince Rose 1928
Cosquilla 1933
Knight’s Daughter
黒鹿毛 1941
Sir Cosmo 1926
Feola 1933
Two Cities
鹿毛 1948
Johnstown
鹿毛 1936
Jamestown 1928
La France 1928
Vienna
鹿毛 1941
Menow 1935
Valse 1933
チヨダクイン
栗毛 1970.2.23
仔受胎時活性値:1.50
ネヴァービート
栃栗毛 1960
種付け時活性値:0.25
★Never Say Die
栗毛 1951
Nasrullah 1940.3.2
Singing Grass 1944
Bride Elect
黒鹿毛 1952
Big Game 1939
Netherton Maid 1944
ヴァーヴ
鹿毛 1955
仔受胎時活性値:1.50
Nearco
黒鹿毛 1935.1.24
種付け時活性値:0.75
Pharos 1920
Nogara 1928
Straight Verse
黒鹿毛 1946
仔受胎時活性値:2.00(0.00)
Straight Deal
鹿毛 1940
種付け時活性値:1.25
Fille de Poete
栗毛 1935
仔受胎時活性値:0.50

<5代血統表内のクロス:Sir Gallahad5×5(父方)、Nearco3×5×5(母方)>

キョウエイプロミス(1977.4.14)の中島理論的総括
母父 祖母父 曾祖母父
ボールドリック
(Round Table系)
ネヴァービート
(Never Say Die系)
◆Nearco
(Pharos系)
Straight Deal
(Gainsborough系)
形相の遺伝 料の遺伝 牝系 母の何番仔?
ボールドリック
(Round Table)
5.50 or 3.50
(No.16)
3番仔
(3連産目)

*

第88回天皇賞・秋(現GI)の結果(上位5頭。馬齢は現年齢表記に合わせる)


馬名 性齢
騎手 走破
時計
着差 馬体重 調教師
1 2 キョウエイプロミス 牡6 58 柴田政人 3:22.7    482 高松邦男 2
2 11 カミノスミレ 牝5 56 加賀武見 3:23.1 1.1/2 444 中村広 11
3 5 アンバーシャダイ 牡6 58 加藤和宏 3:23.3 1.1/4 474 二本柳俊夫 3
4 7 モンテファスト 牡5 58 吉永正人 3:23.3 アタマ 544 松山吉三郎 6
5 9 リーゼングロス 牝4 56 菅原泰夫 3:23.4 1/2 488 新関力 7

府中芝3200mで行われた最後の天皇賞・秋。30年を経て、今は府中芝3200mの施行条件自体がコースから廃されてしまっています。これはオールドファンは残念に思われているのではないかと、よく思います。

ともあれ、キョウエイプロミスが、満を持して、満6歳の秋に花開いた一戦。1番人気のタカラテンリュウ(1979.5.9)が逃げる展開を、3番手追走。直線では先に抜け出して、追いすがるアンバーシャダイ(1977.3.10)を振り切り、外から差して来たブービー人気のカミノスミレ(1978.4.30)を封じて、見事に秋の盾を蹄中に収めたのでした。

末広がりの八が二つ付いた、第88回天皇賞・秋。キョウエイプロミスの鞍上だった柴田政人騎手にとっても、通算800勝の区切りの勝利でした。

*

第3回ジャパンカップ(現GI)の結果(上位5頭。馬齢は現年齢表記に合わせる)


馬名 性齢
騎手 走破
時計
着差 馬体重 調教師
1 14 スタネーラ 牝5 55 B.ラウス 2:27.6    510 F.ダン 3
2 6 キョウエイプロミス 牡6 57 柴田政人 2:27.6 アタマ 480 高松邦男 10
3 8 エスプリデュノール 牡3 55 G.ムーア 2:27.6 アタマ 462 J.フェローズ 2
4 4 ハーフアイスト 牡4 57 E.メイプル 2:27.7 1/2 502 S.ホッフ 7
5 15 マクギンティ 牡4 57 R.バンス 2:27.8 クビ 428 C.ジリングス 5

「プロミス!!プロミス!!プロミス!!プロミス!!プロミス!!プロミス!!」という神様の絶叫と共に、キョウエイプロミスが「アタマ」差に迫った第3回ジャパンカップ。日本馬が初めて連対を果たした回を制したのは、前年4着からの巻き返しとなった愛国の牝馬スタネーラ(1978.5.4)。見れば、前年王者ハーフアイスト(1979.3.14)と着順が入れ替わったという結果でした。

ゴール後、スタネーラの鞍上B.ラウス騎手が柴田騎手にタッチを求めようとした時には、キョウエイプロミスの脚が付いていかなかったそうです。「やってしまったな」と、柴田騎手は思われたそうな。レース後、馬場で下馬したキョウエイプロミスに下された診断は、右前脚繋靱帯不全断裂。

自身の右前脚を賭してまでして、勝利を追い、駆けたキョウエイプロミス。このレースの最後の直線を見直す度、胸が熱くなります。

*

1977年生まれ世代の、最後の大物だったキョウエイプロミス。同い年のヒカリデユール(1977.3.6)と共に、「Round Tableの直孫」ということで、その「切れ味の鋭さ」を大舞台でファンの前で見せてくれました。

そしてまた気付いてみれば、キョウエイプロミスもヒカリデユールも、出走したジャパンカップでは日本馬最先着を果たし、最後は現行のGIレースにて脚を痛めて馬場で下馬し、そのまま引退に追い込まれたという共通点がありました。併せて言えば、キョウエイプロミスの父ボールドリック、ヒカリデユールの父デユール(1961)、共に1961年生まれですね。

強さと儚さの同居が、人為的淘汰を繰り返された種の宿命なのでしょうか。それ故に、人の業の深さを考えずにはいられず、そしてまた、人の心を動かすのでしょうか。

その走る姿で感動を与えてくれた、キョウエイプロミスを忘れずにいること。それを、彼との、せめてもの約束としておきたいと思います。

  

では、以上オオハシでした。これから走る馬、人すべてが無事でありますように。

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