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2013年5月 1日 (水)

メジロデュレン(1983.5.1)。

春を迎えると、日々、馬の誕生日を思ってしまうオオハシでございます。という訳で、その日に生まれた馬を辿る企画を、今年2013年も毎週水曜日にお届けしたいと思いました。「自分と同じ年に生まれた馬を辿る」記事もありますが、こちらも併せてお届け致します。その第9回は「名優の兄」を。

メジロデュレン 牡 鹿毛 1983.5.1生~2009.10.15没 浦河・吉田堅氏生産 馬主・メジロ商事(株) 栗東・池江泰郎厩舎

メジロデュレン(1983.5.1)の4代血統表
フィディオン
鹿毛 1972.5.26
種付け時活性値:0.50
Djakao
鹿毛 1966.3.16
Tanerko
黒鹿毛 1953.5.3
Tantieme 1947
La Divine 1943
Diagonale
栗毛 1959.4.6
Ribot 1952.2.27
Barley Corn 1950
Thessalie
鹿毛 1963.4.26
Sicambre
黒鹿毛 1948
Prince Bio 1941
Sif 1936
La Tournelle
鹿毛 1954
▲Tourment 1944
Vatellino 1942
メジロオーロラ
栗毛 1978.3.8
仔受胎時活性値:1.00
リマンド
栗毛 1965.2.16
種付け時活性値:1.00
Alcide
鹿毛 1955
▲Alycidon 1945.3.15
Chenille 1940
Admonish
芦毛 1958
Palestine 1947
Warning 1950
メジロアイリス
黒鹿毛 1964.4.8
仔受胎時活性値:1.25
ヒンドスタン
黒鹿毛 1946
種付け時活性値:0.25
▲Bois Roussel 1935
Sonibai 1939
アサマユリ
栗毛 1959.3.17
仔受胎時活性値:1.00
★ボストニアン
栗毛 1950.5.13
種付け時活性値:0.00
トモエ
栗毛 1951.5.8
仔受胎時活性値:1.75

<5代血統表内のクロス:なし>

メジロデュレン(1983.5.1)の中島理論的総括
母父 祖母父 曾祖母父
フィディオン
(Teddy系)
リマンド
(Blandford系)
ヒンドスタン
(Bois Roussel系)
ボストニアン
(The Tetrarch系)
形相の遺伝 料の遺伝 牝系 母の何番仔?
リマンド 5.00 半弟メジロマックイーン
(No.7-c アストニシメント系)
初仔

*

第47回菊花賞(GI)の結果(上位5頭。馬齢は現年齢表記に合わせる)


馬名 性齢
騎手 走破
時計
着差 上り
4F
馬体重
[前走比]
調教師
1 13 メジロデュレン 牡3 57 村本善之 3:09.2    48.9 444
[+6]
池江泰郎 6
2 14 ダイナガリバー 牡3 57 増沢末夫 3:09.3 1/2 49.0 484
[0]
松山吉三郎 5
3 11 ラグビーボール 牡3 57 河内洋 3:09.5 1.1/4 48.7 454
[+8]
田中良平 1
4 4 エイシンウオリア 牡3 57 南井克巳 3:09.8 1.3/4 49.2 476
[-2]
宇田明彦 8
5 7 タケノコマヨシ 牡3 57 伊藤清章 3:10.0 1.1/4 48.9 484
[-2]
伊藤修司 2

強気の格上挑戦だった夏の函館の巴賞(OP)でウインザーノット(1980.3.3)から0秒3差の3着と踏ん張った後、900万下の樽前山特別、1400万下の嵐山特別と連勝で挑んだGI初舞台が第47回菊花賞。メジロデュレンは別路線からのチャレンジャーとして同期生たちとの戦いに挑みました。道中は先行5番手辺りの位置で馬群の外々を回っていたメジロデュレン、出走21頭中唯1頭の淀3000mの経験馬である強みなのか、余裕すら感じられる走りぶり。そして4角から直線では馬場中央を先に抜け出しに掛かり、内のダイナガリバー(1983.3.23)と外のラグビーボール(1983.3.10)の追撃を封じて、見事に菊花賞馬の栄冠を蹄中に収めたのでした。

このメジロデュレンの菊花賞が、池江泰郎調教師の初めてのGI勝利であり、鞍上の村本善之騎手もクラシック初制覇。そしてまた、メジロ勢にとっても、初めての牡馬クラシック制覇と相成りました。メジロ勢は、この1986年にメジロラモーヌ(1983.4.9)で牝馬3冠も果たされており、まさに絶頂期に入り始めた頃でした。

記録を辿れば、巴賞では426kg、樽前山特別では434kg、嵐山特別では438kg、そして菊花賞では444kgと、走る度にプラス体重だったメジロデュレン。満3歳夏から秋にかけて、馬に実が入っていった、というところもあったのでしょう。

*

第32回有馬記念(GI)の結果(上位5頭。馬齢は現年齢表記に合わせる)


馬名 性齢
騎手 走破
時計
着差 上り
3F
馬体重
[前走比]
調教師
1 7 メジロデュレン 牡4 57 村本善之 2:33.9    35.4 460
[-14]
池江泰郎 10
2 8 ユーワジェームス 牡3 55 安田富男 2:34.0 1/2 35.7 468
[+6]
新関力 7
3 1 ハシケンエルド 牡4 57 飯田明弘 2:34.0 ハナ 35.7 528
[-2]
中尾正 14
4 3 レジェンドテイオー 牡4 57 郷原洋行 2:34.2 1.1/2 36.2 524
[-2]
田村駿仁 6
5 2 ミスターブランディ 牡5 56 津留千彰 2:34.2 ハナ 36.1 480
[+4]
大和田稔 13

満4歳初戦の日経新春杯(GII)で3着となった後、骨折で休養となったメジロデュレン。秋に復帰し、カシオペアS(OP)5着、鳴尾記念(当時GII、現GIII)10着と2走叩いて挑んだのが、暮れの大一番、第32回有馬記念でした。

オールドファンの記憶に残っているであろう1987年の有馬記念。レースは、スタート直後に当年の日本ダービー(GI)馬メリーナイス(1984.3.22)が落馬、4角で当年の皐月賞(GI)と菊花賞を制したサクラスターオー(1984.5.2)が競走中止という、2つの波乱が起きました。そして、波乱に波乱を重ねるように、直線では人気薄馬ばかりが上位争いを演じていました。そんな中、道中は後方で構えていたメジロデュレンが、馬場の外側から1頭だけ違う脚色で伸びると、ユーワジェームス(1984.3.30)とハシケンエルド(1983.3.7)をまとめて交わしきり、決勝点に真っ先に飛び込んだのでした。

衝撃の結果ばかりに目が行きがちですが、メジロデュレンのレースぶりは見事なものでした。その鋭脚と、鞍上の村本騎手の手綱さばきとが重なって、メジロ勢初の有馬記念制覇につながりました。

記録を辿れば、日経新春杯では456kg、カシオペアSでは462kg、鳴尾記念では474kgと、やはり馬体が大きくなり続けていたメジロデュレン。けれど、サスガに鳴尾記念は太め残りだったのか、有馬記念は14kg減の460kgで挑んで勝利を収め、GI出走機会2戦2勝という勝負強さを見せたのでした。

*

弟が絶えず上位人気に推されていたのとは対照的に、兄は高額賞金の掛かるGIレースで人気薄ながら大駆けを見せるタイプという感もありました。

とはいえ、真に実力がなければ、GI2勝は果たせません。気質は異なれど、名優の兄は、やはり名優だったのです。

弟同様にメジロイズムの結晶であった、メジロデュレン。彼の血統表を開けば、その威信を垣間見られます。そしてまた、「これでもか」というステイヤー形質に、「昭和は遠くになりにけり」を思わざるを得ません。

ともあれ、賢兄賢弟の組み合わせはなかなかに難しいはずなのに、それを遂げたメジロデュレンとメジロマックイーン(1987.4.3)、やはり偉大な兄弟でした。

  

では、以上オオハシでした。これから走る馬、人すべてが無事でありますように。

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