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2013年4月28日 (日)

自分と同じ年に生まれた馬を辿る(其の拾壱)-ケイキロク(1977.4.28)-。

今年2013年の春は、自分と同じ年に生まれた馬を誕生日順に辿ろうという企画でございます。その第11回はケイキロク。

ケイキロク 牝 鹿毛 1977.4.28生~2011.5.24没 千葉・東牧場生産 馬主・内田敦子氏 栗東・浅見国一厩舎

ケイキロク(1977.4.28)の4代血統表
ラディガ
鹿毛 1969.5.18
種付け時活性値:1.75
Graustark
栗毛 1963.4.7
Ribot
鹿毛 1952.2.27
Tenerani 1944
Romanella 1943
Flower Bowl
鹿毛 1952
Alibhai 1938
Flower Bed 1946
Celia
黒鹿毛 1960.4.3
Swaps
栗毛 1952.3.1
★Khaled 1943
Iron Reward 1946
Pocahontas
黒鹿毛 1955.2.19
Roman 1937
How 1948
ケイスパーコ
芦毛 1970.3.3
仔受胎時活性値:1.50
キノー
栗毛 1958.2.21
種付け時活性値:0.75
Helioscope
鹿毛 1951
Heliopolis 1936
War Flower 1938
Rivaz
鹿毛 1943
Nearco 1935.1.24
Mumtaz Begum 1932
シルヴァーファー
芦毛 1962
仔受胎時活性値:1.75
Abernant
芦毛 1946
種付け時活性値:1.75
Owen Tudor 1938
Rustom Mahal 1934
Moyo
芦毛 1956
仔受胎時活性値:1.25
Tourment
鹿毛 1944
種付け時活性値:0.75
Fragrant Nymph
芦毛 1950
仔受胎時活性値:1.25

<5代血統表内のクロス:Hyperion5・5×5・5、Beau Pere5×5(父方)、Mumtaz Mahal(♀)5×5(母方)>

ケイキロク(1977.4.28)の中島理論的総括
母父 祖母父 曾祖母父
ラディガ
(Ribot系)
キノー
(Hyperion系)
Abernant
(Owen Tudor系)
Tourment
(Tourbillon系)
形相の遺伝 料の遺伝 牝系 母の何番仔?
ラディガ 5.75 母がCBC賞の勝ち馬
(No.1-w)
初仔

*

第41回オークス(現GI)の結果(上位5頭。馬齢は現年齢表記に合わせる)


馬名 性齢
騎手 走破
時計
着差 馬体重 調教師
1 10 ケイキロク 牝3 55 岡部幸雄 2:32.3    422 浅見国一 10
2 5 リックサンブル 牝3 55 加賀武見 2:33.1 5 454 庄野穂積 6
3 9 ミョウガミネ 牝3 55 河内洋 2:33.5 2.1/2 426 武田作十郎 13
4 3 ジュウジアロー 牝3 55 安田富男 2:33.9 2.1/2 420 加藤朝治郎 3
5 7 タマモコトブキ 牝3 55 田島良保 2:34.0 1/2 446 吉永猛 5

キロク、もとい、記録を辿ると、満2歳夏の小倉の新馬戦8着から挑んだ小倉3歳S(現小倉2歳S、GIII)で6着、そして休養明けとなった暮れの中京の葉牡丹賞で初勝利という戦歴を持っているケイキロク。未勝利戦を走らせなかった伯楽・浅見国一師、自身が管理しCBC賞(現GIII)の勝ち馬となったケイスパーコの初仔に、期待するところがあったのでしょう。

明けた満3歳。牡牝混合の京都4歳特別(旧GIII)3着から挑んだレースが、第41回オークス。浅見厩舎からは同馬主の2頭出しとなり、主戦的存在であった武邦彦騎手が、同じ東牧場の生産で同じ父ラディガのケイシャープ(1977.4.29)に騎乗することになった為、浅見師はケイキロクの鞍上として、関東の岡部幸雄騎手に白羽の矢を立てられました。レースの当日になってケイキロクに初騎乗となった岡部騎手でしたが、見事なエスコートを見せられました。レース前までの雨が残した重馬場の一戦、走路の悪化を嫌った馬人たちが外々を回る中、ケイキロクと岡部騎手は直線で内を突くと、あれよあれよとばかりに先頭に立ち、気が付けば独走。決勝点ではリックサンブル(1977.3.8)に5馬身差の大楽勝。422kgの小柄な鹿毛の馬体に赤い頭巾のケイキロク、黄色の帽子に「白、青星散」の勝負服をまとった岡部騎手を背に、クラシックホースの栄冠を蹄中に収めたのでした。

確認してみれば、第41回オークスが行われた日付は1980年5月18日。その日はケイキロクの父であるラディガ満11歳の誕生日でした。競走馬のふるさと案内所の記事より、彼女の生産者である東牧場・出羽龍雄氏の談話から引いておきますと、

「母のケイスパーコも当牧場の生産馬で、オークスにも出走した馬でした。そのときはシンガリ負けでしたが、4歳になってCBC賞を勝ってくれました。ケイキロクは、その初仔です」という。ケイスパーコの父キノーは出羽さんの父親卓次郎さんが輸入し、ラディガは龍雄さんが購入を決めた。ケイキロクは出羽ファミリーのホームブレッドホースなのだ。

第41回オークスは、母がシンガリに敗れたレースを娘が1着で仕返した、という図式でもあったのですね。父の誕生日を祝い、母の無念を晴らしたケイキロク。父母にとって、まさに愛娘だったのでしょう。そしてまた、東牧場さんにとっても、初めてのクラシック勝利が、父子2代の導入種牡馬の血が流れている馬によるものだったというのは、とても嬉しいことだったのでしょう。

時は駆け、血は巡ります。

*

ケイキロクというと、彼女の長寿に触れない訳にはいけません。晩年は最長寿クラシック勝ち馬として過ごしていましたが、2011年の第72回オークスを見届けるかのようにして、その2日後に逝きました。

2011年5月24日に老衰で永眠。満34歳と26日の大往生でした。

ケイキロクが小さな身体に秘めた、大きな生命力。

その生命力のDNAを受け継いだ子孫が、また大舞台で活躍してくれることを、心から祈りたいと思います。

  

では、以上オオハシでした。これから走る馬、人すべてが無事でありますように。

*

余談其の壱。浅見国一厩舎の冠名「ケイ」の馬というと、ケイウーマン(1990.2.13)を思い出すのですが、彼女が制した京都4歳特別当日は1993年5月9日。その父ラストタイクーン(1983.5.9)、満10歳の誕生日でした。懐かしの逃げ切り勝ち、鞍上はユタカさん。

余談其の弐。ケイキロクの近親には、ユーセイフェアリー(1987.3.23)、ナリタタイシン(1990.6.10)姉弟がいますけれど、彼女らも小柄な馬たちでした。ユーセイフェアリーが阪神牝馬特別(当時GIII。現阪神牝馬S、現GII)を制した折は414kg、ナリタタイシンが皐月賞(GI)を制した折は426kg(=皐月賞史上最軽量勝利)。小さな馬が活躍する血統、ということなのでしょうか。また、中島理論ユーザー向けに書くと、アズマハンター(1979.2.11)の仔ユーセイフェアリーは、中島国治氏の配合馬だったそうです。

余談其の参。ケイキロクの長寿を上回った同期生は、メジロチェイサー(1977.3.2)でした。彼女は2011年10月2日に満34歳7ヶ月で亡くなりました。メジロチェイサーはメジロティターン(1978.3.22)の半姉にして、メジロフルマー(1984.5.3)、メジロライアン(1987.4.11)姉弟の母ですね。思えば、アンバーシャダイ(1977.3.10)との仔であるメジロライアンは、同期生どうしのカップルにより送り出されたGI勝ち馬でした。

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