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2013年3月17日 (日)

自分と同じ年に生まれた馬を辿る(其の六)-ノースガスト(1977.3.17)-。

マイシンザン(1990.3.7)の死が現実味を帯びない中での更新ですが、今年2013年は、私が年男ということもあり、自分と同じ年に生まれた馬を誕生日順に辿ろうという企画でございます。その第6回はノースガスト。

ノースガスト 牡 鹿毛 1977.3.17生~2007.9.11没 門別・坂戸忠一氏生産 馬主・鈴木忠男氏 栗東・二分久男厩舎

ノースガスト(1977.3.17)の4代血統表
アラナス
鹿毛 1965
種付け時活性値:0.75
Right Royal
黒鹿毛 1958
Owen Tudor
黒鹿毛 1938
Hyperion 1930.4.18
Mary Tudor 1930
Bastia
鹿毛 1951
★Victrix 1934
Barberybush 1934
Arbencia
鹿毛 1954
Arbar
鹿毛 1944
Djebel 1937
Astronomie 1932
Palencia
鹿毛 1941
Pharis 1936
Hestia 1935
ゲズンドハイト
鹿毛 1971.4.7
仔受胎時活性値:1.25
ミステリー
鹿毛 1959
種付け時活性値:0.75
Milesian
鹿毛 1953
My Babu 1945
Oatflake 1942
Paleo
鹿毛 1953
Pharis 1936
Calonice 1940
スパイラル
鹿毛 1967.5.13
仔受胎時活性値:0.75
★シプリアニ
黒鹿毛 1958.3.4
種付け時活性値:0.00
Never Say Die 1951
Carezza 1953
サツマオー
鹿毛 1954.3.6
仔受胎時活性値:1.00
アサフジ
鹿毛 1943.4.14
種付け時活性値:0.50
キミカゲ
鹿毛 1941.6.14
仔受胎時活性値:1.00

<5代血統表内のクロス:Pharis4×4、Djebel4×5、Pharos5・5×5、Tourbillon5×5(父方)、Avena(♀)=プリメロ5×5(母方)>

ノースガスト(1977.3.17)の中島理論的総括
母父 祖母父 曾祖母父
アラナス
(Owen Tudor系)
ミステリー
(My Babu系)
★シプリアニ
(Never Say Die系)
アサフジ
(Blandford系)
形相の遺伝 料の遺伝 牝系 母の何番仔?
アラナス 4.00
(No.22-b フリツパンシー系)
3番仔?
(3連産目?)

*

第41回菊花賞(現GI)の結果(上位5頭。馬齢は現年齢表記に合わせる)


馬名 性齢
騎手 走破
時計
着差 馬体重 調教師
1 11 ノースガスト 牡3 57 田島良保 3:06.1 レコード 422 二分久男 5
2 9 モンテプリンス 牡3 57 吉永正人 3:06.1 クビ 486 松山吉三郎 1
3 13 タカノカチドキ 牡3 57 武邦彦 3:06.3 1 454 服部正利 2
4 5 サーペンプリンス 牡3 57 谷原義明 3:06.6 2 474 大久保末吉 6
5 17 ドロッポロード 牡3 57 中野栄治 3:06.8 1.1/4 456 荒木静雄 10

「あの馬は目が良かった。サムライの目をしていましたね」と、管理された二分久男調教師に言わしめたノースガスト。ナリは小さくとも、一流の武士だったのです。

そんなノースガストが神戸新聞杯(現GII)1着、京都新聞杯(現GII)2着から挑んだ第41回菊花賞。「必殺仕事人」田島良保騎手が、道中中段の内々でジッと溜めて、直線もやはり内を突きました。黄色の帽子に「白、赤星散、袖青縦縞」の勝負服を背にしたノースガスト、422kgの小さな馬体ものかは、486kgの大柄なモンテプリンス(1977.4.1)を決勝点で「クビ」だけ切って捨て、3分6秒1のレコードタイムで菊花賞馬に輝きました。3000mをきっちり3000mで走らせたところは、サスガに必殺仕事人。無駄も無理もない競馬。そして、鞍上の意図にしっかりと応えたノースガスト。人馬一体となり、クラシックの栄冠を勝ち取ったのでした。また、この菊花賞優勝により、田島騎手はヒカルイマイ(1968.3.27)の皐月賞(現GI)、日本ダービー(現GI)と併せて、牡馬クラシック3冠をすべて勝利と相成りました。

なお、馬体重422kgの菊花賞勝利は現在でも最軽量の優勝馬記録として残っています。確認したところ、皐月賞はナリタタイシン(1990.6.10)の426kg、日本ダービーはコーネルランサー(1971.4.16)の430kgが最軽量ということで、牡馬クラシックを勝った馬のうち、最も軽い馬がノースガストなのでした。これは、日本のサラブレッドの大型化が進む中で、なかなかに破りにくい記録と思います。

*

さて、ノースガストの軌跡を辿ると、どうしても同厩舎の後輩の菊花賞馬を思いますね。マチカネフクキタル(1994.5.22)。彼も同様に秋に昇り、神戸新聞杯1着、京都新聞杯1着、そして菊花賞1着と3連勝でクラシック勝利を収めました。

しっかし、1997年は、二分厩舎、マイナー血統馬たちでバンバン重賞を勝っていましたね。マチカネフクキタル、シンカイウン、テイエムオオアラシ。逸走してしまいますが、彼らの4代血統構成を見ておくと、

1997年当時活躍した二分久男厩舎の重賞勝ち馬について
馬名
(生年月日)
[F No.]
母の
何番仔?
4代血統構成
母父 祖母父 曾祖母父
GI マチカネフクキタル
(1994.5.22)
[3-l フロリースカップ系]
8番仔
(8連産目)
クリスタルグリッターズ トウショウボーイ シルバーシャーク テューダーペリオッド
GIII シンカイウン
(1992.3.16)
[16-a]
2番仔
(不受胎後)
シンチェスト ハギノカムイオー ハードツービート Wild Risk
GIII テイエムオオアラシ
(1993.4.18)
[12 ビューチフルドリーマー系]
初仔
(不受胎後)
★セクレファスター ハギノカムイオー クラウンドプリンス ハードリドン

むぅ。マチカネフクキタルは2ヶ月後の誕生日馬の記事に譲るとして、シンカイウンとテイエムオオアラシの母父が共にハギノカムイオー(1979.4.1)というのが、なんともはや、涙を誘います。そしてまた、両馬共に「父の0交配馬」かつ「母が不受胎後の仔」というのも、オオハシの琴線に触れます。

改めて二分調教師、ひいては義兄である故・布施正調教師は、共に鋭い相馬眼で馬を選ばれていたのだろうなと思います。そうして、その相馬眼は、岩元市三調教師を経由して、竹園正繼オーナーのテイエムオペラオー(1996.3.13)にもつながったのでしょう。

#余談。二分師や布施師が管理された活躍馬の血統を開くと、どうも、中島理論的良馬に引っ掛かる訳です。上記以外の二分師の管理馬にはシンボリ牧場生産のアグネスホープ(1975.4.23)もいますが、彼の母ピエザリンダ(1970.3.22)の導入には中島国治氏のいっちょがみがあったようですし、後にはシンボリルドルフ(1981.3.13)の仔ツルマルツヨシ(1995.4.6)も活躍しましたね。母方が名繁殖系のツルマルツヨシは種牡馬になって欲しかった。また、布施師の管理馬だったハクタイセイ(1987.4.17)、ネーハイシーザー(1990.4.27)の血統は中島理論ユーザーにはおなじみですが、3月30日に紹介するラフオンテース(1977.3.30)も、その父フィルモン(1960)が満16歳時の0交配馬でした。

*

話がだいぶん脇道に逸れてしまいましたが、ノースガスト。満30歳を迎えた2007年に亡くなったということで、これは大往生。

大切に飼養されたということもあるでしょうけれど、サムライはその小さな身体に大きな生命力を宿していたのです。

そんなノースガストが、いのちの輝きを放った第41回菊花賞。

忘れずに、目に焼き付けておこうと思います。

  

では、以上オオハシでした。これから走る馬、人すべてが無事でありますように。

*

<Web Resource>

二分師のノースガストに対する思いがよく示されています。なんでも、ノースガストの名付け親は二分師ご自身だったとか。ぜひご一読を。

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