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2011年3月

2011年3月31日 (木)

ヴィクトワールピサ(2007.3.31)とトランセンド(2006.3.9)。

成した快挙は、時が経つにつれて重みを増します。第16回ドバイワールドカップ(UAEGI)、日本馬によるワンツーフィニッシュ。ヴィクトワールピサ、満4歳の誕生日も祝して、アップしておきます。

ヴィクトワールピサ 牡 黒鹿毛 2007.3.31生 千歳・社台ファーム生産 馬主・市川義美氏 栗東・角居勝彦厩舎

ヴィクトワールピサ(2007.3.31)の4代血統表
ネオユニヴァース
鹿毛 2000.5.21
種付け時活性値:1.50
サンデーサイレンス
青鹿毛 1986.3.25
Halo
黒鹿毛 1969.2.7
Hail to Reason 1958.4.18
Cosmah 1953.4.4
Wishing Well
鹿毛 1975.4.12
Understanding 1963.2.17
Mountain Flower 1964.3.23
ポインテッドパス
栗毛 1984.4.27
Kris
栗毛 1976
Sharpen Up 1969
Doubly Sure 1971
Silken Way
栗毛 1973
★Shantung 1956
Boulevard 1968
ホワイトウォーターアフェア
栗毛 1993.5.3
仔受胎時活性値:1.25
Machiavellian
黒鹿毛 1987
種付け時活性値:1.25
★Mr.Prospector
鹿毛 1970.1.28
★Raise a Native 1961.4.18
Gold Digger 1962.5.28
Coup de Folie
鹿毛 1982
Halo 1969
Raise the Standard 1978
Much Too Risky
栗毛 1982
仔受胎時活性値:0.50
Bustino
鹿毛 1971
種付け時活性値:0.50
Busted 1963
Ship Yard 1963
Short Rations
青鹿毛 1975
仔受胎時活性値:1.50
Lorenzaccio
栗毛 1965
種付け時活性値:0.25
Short Commons
鹿毛 1962
仔受胎時活性値:1.00

<5代血統表内のクロス:Halo3×4>

ヴィクトワールピサ(2007.3.31)の中島理論的総括
形相の遺伝 料の遺伝 牝系 何番仔?
ネオユニヴァース 4.25 半兄アサクサデンエン
(No.8-D)
7番仔
(不受胎後)

では、以下にヴィクトワールピサのごく簡単な近親牝系図を示しておきます。

Short Rations 1975 伊1勝
|Marooned 1981 英オセアニア5勝 AJCシドニーC(豪GI)ほか豪GIII2勝
|Much Too Risky 1982 英2勝
||ホワイトウォーターアフェア 1993.5.3 英愛仏4勝 ポモーヌ賞(仏GII) ジョンポーターS(英GIII)
|||アサクサデンエン 1999.3.22 日香UAE8勝 安田記念(GI) 京王杯SC(GII) 安田記念2着
|||スウィフトカレント 2001.4.9 中央6勝+地方0勝 小倉記念(GIII) 天皇賞・秋(GI)2着
|||ヴィクトワールピサ 2007.3.31 (本馬) ドバイWC(UAEGI) 有馬記念(GI) 皐月賞(GI)ほか
||Little Rock 1996 英愛仏伊独6勝 プリンセスオブウェールズS(英GII)ほか英GIII1勝
||Short Skirt 2003 英仏伊4勝 ムシドラS(英GIII)ほか
|Arctic Owl 1994.3.29 英愛仏豪10勝 愛セントレジャー(GI) ケルゴルレイ賞(仏GII)ほか英GIII2勝

近親には活躍馬がズラリと並んでいます。母方の底力血脈の通りなのか、芝3200mのシドニーCや芝14ハロンの愛セントレジャーを始めとして、2400m超級のレースの勝ち馬が多く見られます。なお、ホワイトウォーターアフェアの制したポモーヌ賞は芝2700m(当時)の牝馬限定戦、ジョンポーターSは芝12Fの牡牝混合戦です。

そんなホワイトウォーターアフェアについては、初仔のアサクサデンエンも思い出深い馬です。生産者が「英国・関口房朗氏」になっていたのが、印象に残ったのでしょう(注:欧米では生産時の母の所有者=生産者となる為)。そんなアサクサデンエンは満6歳となった2005年の春に開花して、京王杯SCと安田記念を連勝しました。翌満7歳の2006年にも安田記念2着として、「あぁ、馬はやっぱり自分の得意なコースでは嬉々として走るのだなぁ」と思ったものです。また、3連産目の3番仔であるスウィフトカレント。2006年にサマー2000シリーズの初代王者となった彼は、同年の天皇賞・秋でダイワメジャー(2001.4.8)との馬連を取らせてくれた有り難い馬でした(^^)

*

トランセンド 牡 鹿毛 2006.3.9生 新冠・ノースヒルズマネジメント生産 馬主・前田幸治氏 栗東・安田隆行厩舎

トランセンド(2006.3.9)の4代血統表
ワイルドラッシュ
鹿毛 1994.4.15
種付け時活性値:0.75
Wild Again
黒鹿毛 1980.5.22
Icecapade
芦毛 1969.4.4
Nearctic 1954.2.11
Shenanigans 1963.3.17
Bushel-n-Peck
黒鹿毛 1958.3.21
Khaled 1943
Dama 1950
Rose Park
鹿毛 1986.2.7
★Plugged Nickle
鹿毛 1977.3.1
Key to the Mint 1969.3.9
Toll Booth 1971.5.17
Hardship
芦毛 1977.4.26
Drone 1966.4.1
Hard and Fast 1968.4.30
シネマスコープ
栗毛 1993.5.2
仔受胎時活性値:1.00
トニービン
鹿毛 1983.4.7
種付け時活性値:0.25
カンパラ
黒鹿毛 1976.2.19
Kalamoun 1970.4.30
State Pension 1967
Severn Bridge
栗毛 1965
Hornbeam 1953
Priddy Fair 1956
ブルーハワイ
鹿毛 1989.5.31
仔受胎時活性値:0.75
[シネマスコープは初仔]
スリルショー
鹿毛 1983.1.27
種付け時活性値:1.25
Northern Baby 1976.4.1
Splendid Girl 1976.3.18
サニースワップス
鹿毛 1975.4.27
仔受胎時活性値:1.25
[ブルーハワイは2連産目の6番仔以降の仔]
Hawaii
鹿毛 1964
種付け時活性値:0.50
アイアンエイジ
黒鹿毛 1962.6.17
仔受胎時活性値:1.00

<5代血統表内のクロス:Khaled4×5、Hyperion5×5>

トランセンド(2006.3.9)の中島理論的総括
形相の遺伝 料の遺伝 牝系 何番仔?
スリルショー
(ブルーハワイ)
4.00 半姉サンドリオン
(No.A4)
6番仔
(空胎後)

では、以下にトランセンドのごく簡単な近親牝系図を示しておきます。

サニースワップス 1975.4.27 不出走
|ダイナスワップス 1979.6.13 中央3勝
||ダンディコマンド 1993.4.12 中央5勝 北九州記念(GIII) クロッカスS(OP)
|サクラサニーオー 1982.4.5 中央6勝 アルゼンチン共和国杯(GII) 京成杯(現JpnIII)ほか
|ブルーハワイ 1989.5.31 不出走
||シネマスコープ 1993.5.2 中央4勝
|||サンドリオン 2003.5.15 中央3勝 紫苑S(OP)
|||トランセンド 2006.3.9 (本馬) ジャパンカップダート(GI) フェブラリーS(GI)ほか現GIII2勝
||パルスビート 1994.6.12 中央3勝 白百合S(OP) 京都新聞杯(現JpnII)2着 北九州記念2着ほか
||ゲヴァルト 2000.3.5 中央4勝 ラジオたんぱ杯2歳S(現ラジオNIKKEI杯2歳S、JpnIII)3着

このアメリカンファミリーの牝系は、ややもすると「GIでは入着まで」というような印象があったのですけれど、トランセンド、その名の通りに超越した存在となりました。

中島理論的な見解で注目する点としては、やはり、ヴィクトワールピサ、トランセンド共に「母が前年産駒無し後の仔」というところでしょうか。また別に述べますが、高松宮記念(GI)で連覇を果たした翌日に電撃引退となったキンシャサノキセキ(2003.9.24)は母が双子流産後の仔、2着のサンカルロ(2006.2.5)は母が不受胎後の仔と、こちらも母が前年産駒無し後の仔どうしのワンツーでした。血統のレベルが向上した現在では、ほんの些細な「後押し」が差を分けるのかも知れませんね。

あと。

第16回ドバイワールドカップが行われたのは現地時間で2011年3月26日。この日を、ドバイの地で眠る北斗の一等星は見守ってくれていたのかも知れません。ホクトベガ(1990.3.26)、存命であれば、21回目の誕生日でした。

では、以上オオハシでした。馬も人も、本当にお疲れ様でした。合わせて、本当に有り難うございました。そして、これからも走り続ける馬、人すべてが無事でありますように。

#ブエナビスタ(2006.3.14)とその陣営の皆さんも、もちろんお疲れ様でした。AWは2頭に任せて芝に回っていれば、というのは結果論ですよね。ブエナビスタ、また元気な姿を見せてください。

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2011年3月25日 (金)

ウイングアロー(1995.3.25)。

ウイングアロー 牡 鹿毛 1995.3.25生 静内・フジワラファーム生産 馬主・池田實氏 栗東・工藤嘉見厩舎→南井克巳厩舎

ウイングアロー(1995.3.25)の4代血統表
アサティス
鹿毛 1985.3.28
種付け時活性値:0.25

Topsider
鹿毛 1974
Northern Dancer
鹿毛 1961.5.27
Nearctic 1954.2.11
Natalma 1957.3.26
Drumtop
鹿毛 1966
Round Table 1954.4.6
Zonah 1958
Secret Asset
鹿毛 1977
Graustark
栗毛 1963
Ribot 1952.2.27
Flower Bowl 1952
Numbered Account
鹿毛 1969
Buckpasser 1963.4.28
Intriguing 1964
サンヨウアロー
鹿毛 1988.4.11
仔受胎時活性値:1.50
ミスターシービー
黒鹿毛 1980.4.7
種付け時活性値:1.75
トウショウボーイ
鹿毛 1973.4.15
テスコボーイ 1963
ソシアルバターフライ 1957.4.13
シービークイン
黒鹿毛 1973.2.23
★トピオ 1964.4.18
メイドウ 1965.6.16
タニイチパワー
黒鹿毛 1981.2.22
仔受胎時活性値:1.50
ネヴァービート
栃栗毛 1960
種付け時活性値:1.00
★Never Say Die 1951
Bride Elect 1952
ロングパワー
鹿毛 1967.4.19
仔受胎時活性値:1.25
ヒンドスタン
黒鹿毛 1946
種付け時活性値:1.00
マーシュメドウ
芦毛 1956
仔受胎時活性値:0.50

<5代血統表内のクロス:Nasrullah5×5>

ウイングアロー(1995.3.25)の中島理論的総括
形相の遺伝 料の遺伝 牝系 何番仔?
ミスターシービー
(Woodlark)
4.75 叔父ユーセイトップラン
(No.11-F)
初仔

最強世代のダート部門を担ったウイングアロー。彼は、最初と最後にまつわる馬でした。

第17回フェブラリーS(GI)の結果(上位5頭。馬齢は現年齢表記に合わせる)


馬名 性齢
騎手 走破
時計
着差 上り
3F
馬体重
[前走比]
調教師
1 14 ウイングアロー 牡5 57 O.ペリエ 1:35.6    35.9 456
[-18]
工藤嘉見 4
2 6 ゴールドティアラ 牝4 54 武豊 1:35.7 1/2 36.2 446
[-16]
松田国英 2
3 1 ファストフレンド 牝6 55 蛯名正義 1:35.7 ハナ 36.2 502
[+4]
高市圭二 7
4 15 メイセイオペラ 牡6 57 菅原勲 1:35.7 クビ 37.1 504
[+10]
佐々木修一 3
5 13 セレクトグリーン 牡5 57 後藤浩輝 1:35.9 1 37.0 512
[-2]
音無秀孝 11

2000年のフェブラリーS(GI)。道中は最後方に位置して、直線で大外から豪脚を駆使して、最後の最後、名前の通り矢のように突き抜けたというレースでした。純然と中島理論的な見方をすると、最優性先祖であるミスターシービーばりのレースでした。まま、ミスターシービーは追い込みというよりは、マクリという表現が似合うのかも知れませんけれど(^_^;)

閑話休題。このフェブラリーSはオリビエ・ペリエ騎手のJRAGI初勝利であると共に、管理された工藤嘉見調教師が引退直前の最後のGI勝利でもありました。

*

第1回ジャパンカップダート(GI)の結果(上位5頭。馬齢は現年齢表記に合わせる)


馬名 性齢
騎手 走破
時計
着差 上り
3F
馬体重
[前走比]
調教師
1 6 ウイングアロー 牡5 57 岡部幸雄 2:07.2    37.6 460
[-1]
南井克巳 4
2 1 サンフォードシチー 牡5 57 村山明 2:07.8 3 1/2 37.5 478
[+2]
大沢真 5
3 5 ロードスターリング セ4 57 J.ヴァルディヴィアJr. 2:08.3 3 39.3 488
[0]
A.マーケス 6
4 4 プリエミネンス 牝3 53 柴田善臣 2:08.5 1 1/4 38.5 470
[-1]
伊藤圭三 11
5 9 ファストフレンド 牝6 55 蛯名正義 2:08.8 1 3/4 38.6 502
[+2]
高市圭二 1

2000年のジャパンカップダート(GI)。4コーナーから直線。馬場中央を良い手応えで上がって来た、赤い帽子に「桃、紫襷、緑袖紫二本輪」の勝負服、凜とした鹿毛の馬体、黒メンコに☆ひとつ。岡部幸雄騎手が自信を持ってゴーサインを出されたのでしょう。あとは、ただただ、独走するだけでした。私にとって、ウイングアローが3番手から脚勢よく抜け出して来た姿は、不思議と、忘れられない競馬シーンのひとつです。

併せて2着のサンフォードシチー(1995.5.9)と村山明騎手。鋭脚でしたね。現在は気鋭の調教師として鳴る村山師、騎手時代の平地重賞勝ちは、サンフォードシチーでこのジャパンカップダートの前哨戦である武蔵野S(GIII)を制した1勝のみでした。ほかには1994年の中京障害S・秋をキンセンアラシ(1990.4.27)で制されています。ニチドウアラシ(1976.3.24)の仔、懐かしい。

……閑話休題。このジャパンカップダートは第1回。記念すべき初代王者の称号を得ると共に、工藤調教師からウイングアローを引き継がれた南井克巳調教師にとっても、開業初年度の初GI勝利でした。そして、無理に最後にこじつけるならば、岡部騎手にとっては、最後のダートGI勝利でした。

*

20世紀末から21世紀初頭にかけて、ダート路線の重賞では必ずと言って良いほどその姿を見せてくれたウイングアロー。通算30戦11勝、2着7回、3着5回。ダートで5着を外したのは引退前の2戦のみ。

いつでも懸命にゴールへ向かって駆け込んでくる、星ひとつの黒メンコ。460kgほどの鹿毛の馬体が、砂上で弾んで、ウイングアロー。いつまでも記憶に残る、強いダートホースでした。

では、以上オオハシでした。これから走る馬、人すべてが無事でありますように。

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2011年3月17日 (木)

エルコンドルパサー(1995.3.17)。

エルコンドルパサー 牡 黒鹿毛 1995.3.17生 米国・タカシ・ワタナベ氏生産 馬主・渡邊隆氏 美浦・二ノ宮敬宇厩舎

エルコンドルパサー(1995.3.17)の4代血統表
Kingmambo
鹿毛 1990.2.19
種付け時活性値:1.00
Mr.Prospector
鹿毛 1970.1.28
★Raise a Native
栗毛 1961.4.18
Native Dancer 1950.3.27
Raise You 1946
Gold Digger
鹿毛 1962.5.28
Nashua 1952.4.14
Sequence 1946
Miesque
鹿毛 1984.3.14
Nureyev
鹿毛 1977.5.2
Northern Dancer 1961.5.27
Special 1969 ♀
Pasadoble
鹿毛 1979
Prove Out 1969
Santa Quilla 1970
サドラーズギャル
鹿毛 1989.4.29
仔受胎時活性値:1.25
Sadler's Wells
鹿毛 1981.4.11
種付け時活性値:1.75
Northern Dancer
鹿毛 1961.5.27
Nearctic 1954.2.11
Natalma 1957.3.26
Fairy Bridge
鹿毛 1975
Bold Reason 1968
Special 1969 ♀
Glenveagh
鹿毛 1986
仔受胎時活性値:0.50
Seattle Slew
黒鹿毛 1974.2.15
種付け時活性値:0.75
Bold Reasoning 1968
My Charmer 1969
Lisadell
鹿毛 1971
仔受胎時活性値:1.50
Forli
栗毛 1963.8.10
種付け時活性値:1.625
Thong
鹿毛 1964 ♀
仔受胎時活性値:1.50

<5代血統表内のクロス:Special(♀)=Lisadell(♀)4×4×3、Northern Dancer4×3、Native Dancer4×5>

エルコンドルパサー(1995.3.17)の中島理論的総括
形相の遺伝 料の遺伝 牝系 何番仔?
Sadler's Wells
(Fairy Bridge)
4.75 世界的名牝系
(No.5-H)
2番仔
(2連産目)

最強世代の一角を担った、もう1頭のマル外の怪物。日本調教馬初の満3歳時のジャパンカップ(GI)制覇を遂げたエルコンドルパサー。

第18回ジャパンカップ(GI)の結果(上位5頭。馬齢は現年齢表記に合わせる)


馬名 性齢
騎手 走破
時計
着差 上り
3F
馬体重
[前走比]
調教師
1 11 エルコンドルパサー 牡3 55 蛯名正義 2:25.9    35.0 472
[+2]
二ノ宮敬宇 3
2 1 エアグルーヴ 牝5 55 横山典弘 2:26.3 2 1/2 35.1 472
[-6]
伊藤雄二 2
3 9 スペシャルウィーク 牡3 55 岡部幸雄 2:26.4 1/2 35.3 470
[-6]
白井寿昭 1
4 6 チーフベアハート 牡5 57 J.サントス 2:26.7 2 35.0 460
[]
M.R.フロスタッド 4
5 5 マックスジーン 牝5 55 C.アスムッセン 2:26.7 ハナ 35.0 504
[]
T.スキフィントン 9

今となっては笑い種ですが、当時のエルコンドルパサーには、一部で「距離不安」が叫ばれていましたね。そりゃ、2000m超級のレースの初めて出走がジャパンカップになるのであれば、致し方なし。けれど、強いものは強い。世界的名牝系の多重クロス馬、その絶対能力の奥深さ。名前の通り、コンドルは飛んで行きました。

*

サンクルー大賞(仏GI)、ジャパンカップ、NHKマイルC(GI)のGI3勝は勿論ですが、やはり、彼の競走馬生のハイライトは、引退レースとなった1999年の凱旋門賞(仏GI)ではないでしょうか。

改めて見直しても、本当に惜しいレース。逃げて自分でレースをつくり、そして尚、最後の最後でもう1回差し返しに行っている姿に、胸が熱くなります。外からやって来たモンジュー(1996.4.4)とM.キネーン騎手、言っちゃあなんですけれど、憎々しかったもの(^^;)

その仇と言ってはなんですが、モンジューが次のレースとして選んだジャパンカップでは、最強世代のもう一角が、返り討ちにしてくれました。スペシャルウィーク(1995.5.2)と武豊騎手。

*

2002年7月16日。飛翔は定めだったのか、誰も望んでいないのに、満7歳の夏、エルコンドルパサーは大空へ還っていきました。翌週の週刊競馬ブックで彼の死亡を初めて知った私。それはそれは、衝撃を受けたものでした。

種牡馬としては僅か3世代しか産駒を残せなかったものの、菊花賞(GI)を3分2秒7のレースレコードで駆けたソングオブウインド(2003.2.20)、実は厩舎の先輩より早くGI制覇を遂げていたアロンダイト(2003.5.4)、そしてジーワン9勝の金字塔を打ち立てたヴァーミリアン(2002.4.10)と3頭のGI馬を送り込んでいます。他にもトウカイトリック(2002.2.26)、エアジパング(2003.3.27)、サクラオリオン(2002.3.1)、アイルラヴァゲイン(2002.4.5)、ビッググラス(2001.4.24)とJRA重賞を制した馬がいます。しかし、芝ダート、長短と多様なタイプが出たものです。そして、やはり牡馬に活躍馬が多いということは、父系が統領性を失っていないということの証左と考えます。もっともっと、産駒の走りを見たかったですね。

11戦8勝、2着3回。 いつでもどこでも、どんな条件でも、勝っても負けても、懸命で有り続けたエルコンドルパサー。「黄、青一本輪、赤袖」の勝負服を背にした、クビ差しのたくましい黒鹿毛馬。見る者を熱くさせたその姿、いつまでも、心に留めておきたいと思います。

では、以上オオハシでした。これから走る馬、人すべてが無事でありますように。

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2011年3月 8日 (火)

マイネルラヴ(1995.3.8)。

マイネルラヴ 牡 青鹿毛 1995.3.8生 米国・J・C・マビー夫妻生産 馬主・(株)サラブレッドクラブ・ラフィアン 美浦・稗田研二厩舎→稲葉隆一厩舎

マイネルラヴ(1995.3.8)の4代血統表
Seeking the Gold
鹿毛 1985
種付け時活性値:0.25
Mr.Prospector
鹿毛 1970.1.28
★Raise a Native
栗毛 1961.4.18
Native Dancer 1950.3.27
Raise You 1946
Gold Digger
鹿毛 1962
▲Nashua 1952.4.14
Sequence 1946
Con Game
黒鹿毛 1974
▲Buckpasser
鹿毛 1963.4.28
Tom Fool 1949.3.31
Busanda 1947
Broadway
鹿毛 1959
Hasty Road 1951
Flitabout 1945
Heart of Joy
黒鹿毛 1987
仔受胎時活性値:1.75
リイフォー
黒鹿毛 1975.4.1
種付け時活性値:0.75
Lyphard
鹿毛 1969
Northern Dancer 1961.5.27
Goofed 1960.3.29
Klaizia
鹿毛 1965
Sing Sing 1957
Klainia 1960
Mythographer
栗毛 1977
仔受胎時活性値:0.25
Secretariat
栗毛 1970.3.30
種付け時活性値:1.25
Bold Ruler 1954.4.6
Somethingroyal 1952
Arachne
栗毛 1967
仔受胎時活性値:0.25
Intentionally
青毛 1956
種付け時活性値:0.50
Molecomb Peak
栗毛 1950
仔受胎時活性値:2.00(0.00)

<5代血統表内のクロス:Nasrullah5×5>

マイネルラヴ(1995.3.8)の中島理論的総括
形相の遺伝 料の遺伝 牝系 何番仔?
Secretariat
(Nasrullah)
4.25 or 2.25 母が米GII勝ち馬
(No.14-C)
初仔

「競馬に絶対はない」ということを強く意識した一戦でした。1998年のスプリンターズS(GI)。キーワードは、父Seeking the Gold、斤量55kg、そして鞍上がユタカ。

第32回スプリンターズS(GI)の結果(上位5頭。馬齢は現年齢表記に合わせる)


馬名 性齢
騎手 走破
時計
着差 上り
3F
馬体重
[前走比]
調教師
1 10 マイネルラヴ 牡3 55 吉田豊 1:08.6    35.3 498
[0]
稲葉隆一 7
2 3 シーキングザパール 牝4 55 武豊 1:08.6 アタマ 34.8 458
[-14]
森秀行 2
3 13 タイキシャトル 牡4 57 岡部幸雄 1:08.6 クビ 35.5 530
[+6]
藤沢和雄 1
4 8 ワシントンカラー 牡4 57 柴田善臣 1:09.0 2 1/2 35.6 508
[+4]
松山康久 3
5 11 セレクトグリーン 牡3 55 後藤浩輝 1:09.3 1 3/4 36.1 514
[+2]
音無秀孝 14

「世の中そんなに甘くない」と、競馬の神様が教えてくれたのでしょう。その教訓は、後にシンボリクリスエス(1999.1.21)の引退レース、2003年の有馬記念(GI)で活かされたようにも思います。

*

マイネルラヴのGIでの活躍がこの満3歳冬のスプリンターズSで終わったのは残念でしたが、種牡馬としてその軽快さを伝えています。JRA重賞の勝ち馬だけをあげても、マイネルハーティー(2002.4.4)、ゲットフルマークス(2006.2.27)、ダブルウェッジ(2006.4.26)、コスモフォーチュン(2002.5.4)、コスモヴァレンチ(2002.6.15)とすでに5頭。サスガは日本に合う14号族Pretty Polly(1901)の末えいというところでしょうか。美しい青鹿毛の雄大な馬体に星ひとつ。マイネルラヴ、これからもバンバン走る仔を出して欲しいものです。

では、以上オオハシでした。これから走る馬、人すべてが無事でありますように。

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2011年3月 5日 (土)

サニーブライアン(1994.4.23)。

2冠馬サニーブライアンが死亡(netkeiba.com)

サニーブライアン 牡 鹿毛 1994.4.23生 浦河・村下ファーム生産 馬主・宮崎守保氏 美浦・中尾銑治厩舎

サニーブライアン(1994.4.23)の4代血統表

ブライアンズタイム
黒鹿毛 1985.5.28
種付け時活性値:0.00
Roberto
鹿毛 1969.3.16
Hail to Reason
黒鹿毛 1958.4.18
Turn-to 1951
Nothirdchance 1948
Bramalea
黒鹿毛 1959.4.12
Nashua 1952.4.14
Rarelea 1949
Kelley's Day
鹿毛 1977.5.11
Graustark
栗毛 1963.4.7
Ribot 1952.2.27
Flower Bowl 1952
Golden Trail
黒鹿毛 1958.3.5
Hasty Road 1951
Sunny Vale 1946
サニースイフト
鹿毛 1988.4.27
仔受胎時活性値:1.25
スイフトスワロー
鹿毛 1977.2.16
種付け時活性値:0.50
Northern Dancer
鹿毛 1961.5.27
Nearctic 1954.2.11
Natalma 1957.3.26
Homeward Bound
栗毛 1961
Alycidon 1945
Sabie River 1949
サニーロマン
鹿毛 1974.4.9
仔受胎時活性値:1.25
ファバージ
鹿毛 1961.4.19
種付け時活性値:1.00
Princely Gift 1951
Spring Offensive 1943
ファイナルクイン
鹿毛 1958.4.15
仔受胎時活性値:1.75
ファイナルスコア
鹿毛 1950
種付け時活性値:1.75
ツキカワ
鹿毛 1948.4.4
仔受胎時活性値:0.25

<5代血統表内のクロス:Nasrullah5×5>

サニーブライアン(1994.4.23)の中島理論的総括
形相の遺伝 料の遺伝 牝系 何番仔?
ファイナルスコア
(Baroness La Fleche)
4.50 4代母が桜花賞馬
(No.1-L 星谷系)
初仔

第57回皐月賞(GI)の結果(上位5頭。馬齢は現年齢表記に合わせる)


馬名 性齢
騎手 走破
時計
着差 上り
3F
馬体重
[前走比]
調教師
1 18 サニーブライアン 牡3 57 大西直宏 2:02.0    36.5 462
[-4]
中尾銑治 11
2 2 シルクライトニング 牡3 57 安田富男 2:02.1 クビ 35.6 420
[-2]
大和田稔 10
3 3 フジヤマビザン 牡3 57 村本善之 2:02.2 3/4 36.4 490
[+10]
山内研二 12
4 8 メジロブライト 牡3 57 松永幹夫 2:02.2 クビ 35.4 458
[+8]
浅見秀一 1
5 9 セイリューオー 牡3 57 蛯名正義 2:02.3 3/4 36.0 480
[-4]
河野通文 9

サニーブライアンが皐月賞を制した時。思えば私、まだ10代でした。ぐわぁ。そう思うと遥か昔のことのように思えます(*^_^*)

サニーブライアンというと「逃げ」のイメージですが、この皐月賞では向こう正面で番手に付けるレース運びを取っています。息が入った後の3コーナーから4コーナーの脚が速く、コーナーワークで後続との差を広げると、なんとなんと、最後まで粘り切りました。前走若葉S(OP)からやって来た馬たちが3着までを占めたという、皐月賞としては珍しい結果。そして、その結果に沿うように、馬連配当51790円。日本の中央クラシックレース史上、最高の馬連配当でした。

「展開利」という言葉があるように、サニーブライアンの皐月賞勝利は「フロック」として人々に受け止められました。「皐月賞は展開がハマっただけ。ダービーではあんなに上手くいかないよ」と。しかし、7週間後の第64回日本ダービー(GI)において、人々は、意外な「現実」を目の当たりにするのでした。

*

第64回日本ダービー(GI)の結果(上位5頭。馬齢は現年齢表記に合わせる)


馬名 性齢
騎手 走破
時計
着差 上り
3F
馬体重
[前走比]
調教師
1 18 サニーブライアン 牡3 57 大西直宏 2:25.9    35.1 466
[+4]
中尾銑治 6
2 5 シルクジャスティス 牡3 57 藤田伸二 2:26.1 1 34.2 454
[+4]
大久保正陽 3
3 15 メジロブライト 牡3 57 松永幹夫 2:26.2 1/2 34.5 454
[-4]
浅見秀一 1
4 7 エリモダンディー 牡3 57 河北通 2:26.2 クビ 34.2 414
[+2]
大久保正陽 8
5 12 ランニングゲイル 牡3 57 武豊 2:26.3 クビ 34.9 500
[0]
加用正 2

フロックで皐月賞を勝てるものではない。人々がサニーブライアンの「真の強さ」を理解したのは、府中芝2400mを2分25秒9で駆けた後。皐月賞と同じ大外18番枠からの発進。桃色の帽子、「桃、紫一本輪、黄袖」の勝負服を背にした鹿毛馬が、鮮やかに逃げ切りました。

このレースにおける、サニーブライアンの上がり3ハロンは35秒1。その内訳は11秒9、11秒2、12秒0。2000mから2200mの1ハロンが圧巻の11秒2。逃げた馬にこの鋭脚を使われたのでは、追いかけた馬たちはかなりの絶望感を覚えたのではないでしょうか。↑の動画でも、直線で後続勢にいったんフォーカスして、先頭を行くサニーブライアンにパンした時には、その差が広がっています。最後、別路線からやって来た挑戦者のシルクジャスティス(1994.3.18)の追い込み脚に詰め寄られましたが、それでも決勝点では1馬身差をつけていました。

目にも見よ皐月賞馬の二枚腰、ただただ、見事な2冠達成でした。

*

サニーブライアンが牡馬クラシックの2冠を達成した1997年の春のGIレースは、中島理論的良馬がことごとく好戦して、ちょっと、いえだいぶん嬉しかったことを覚えています。サニーブライアンも、

  1. 父ブライアンズタイムが満8歳時の0交配
  2. 母サニースイフトの初仔
  3. 牝系は御料牧場の星谷系

と、振り返れば好材料が揃っています。って、走る前に気付いていたら、大したものなんですけれどねぇ(苦笑)

手元に資料がないので記憶を辿るだけですが、サニーブライアンが皐月賞を制した後、月刊「優駿」のGI勝ち馬の故郷を取材する記事で、生産牧場である村下ファームさんが「初仔は我が家の宝物」と述べられていたように思います。これは、故・戸山為夫調教師からの受け売りだそうで、実際、戸山師は「初仔」と聞くと、どんな馬でも見に来てくれたそうです。ああ、そういえば、サニーブライアンの前に、日本ダービーで逃げて牡馬2冠を達成したのは、ミホノブルボン(1989.4.25)でしたね。ええ、戸山師がテシオに掛けた、もとい、手塩に掛けた栗毛の超特急は、母カツミエコー(1983.5.18)の初仔でした。

#余談。晩年の戸山厩舎のオープン馬を見ると、ミホノブルボンの他にも、フジヤマケンザン(1988.4.20)が母の初仔、タニノボレロ(1988.5.17)が母の初仔、ユートジェーン(1989.3.25)が母が不受胎および流産後の仔、ドージマムテキ(1990.3.31)が母が不受胎後の仔と、母が前年産駒無し後の仔が目立ちます。ちなみに、レガシーワールド(1989.4.23)は母が2連産目の2番仔でした。

*

サニーブライアンが制した1997年の日本ダービーは、最も繰り返し見ている日本ダービーです。上で述べた血統背景もありますが、実は前年の1996年の春は当時住んでいた下宿にテレビがなく、1997年になって、ようやっと下宿にテレビとビデオを導入したのでした。そして、ビデオに収めた第64回日本ダービーを、テープがすり切れるほど見直したものです。

「これはもう、フロックでも、何でもない、2冠達成!!」。

私が20歳の誕生日を迎えた翌週に見た日本ダービー。自身の青春にオーバーラップして、晩春の東京の芝を逃げ切った鹿毛馬の姿が、今も、強く心に刻まれています。

では、以上オオハシでした。これから走る馬、人すべてが無事でありますように。

追記。今頃、天国で同い年の栗毛と逃げ合いしているのかな。古馬になって、もういちど、競って欲しかったものです。

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