« 第40回マイラーズC(GII)の勝ち馬。 | トップページ | クラシック初戦の2着馬。 »

2009年4月27日 (月)

ニホンピロウイナー(1980.4.27)。

ニホンピロウイナー 牡 黒鹿毛 1980.4.27生 門別・佐々木節哉氏生産 馬主・小林百太郎氏 栗東・服部正利厩舎

ニホンピロウイナー(1980.4.27)の4代血統表
スティールハート[A]
黒鹿毛 1972.3.25
種付け時活性値:1.75
Habitat
鹿毛 1966.5.4
Sir Gaylord
鹿毛 1959.2.12
Turn-to 1951
Somethingroyal 1952
Little Hut
鹿毛 1952
Occupy 1941
Savage Beauty 1934
A. 1.
芦毛 1963
★Abernant
芦毛 1946
Owen Tudor 1938
Rustom Mahal 1934
Asti Spumante
栗毛 1947
Dante 1942
Blanco 1932
ニホンピロエバート
鹿毛 1974.3.17
仔受胎時活性値:1.25
チャイナロック[C]
栃栗毛 1953
種付け時活性値:1.00
Rockefella
黒鹿毛 1941
Hyperion 1930.4.18
Rockfel 1935
May Wong
栗毛 1934
Rustom Pasha 1927
Wezzan 1924
ライトフレーム
黒鹿毛 1959.3.15
仔受胎時活性値:1.50
ライジングフレーム[A]
黒鹿毛 1947
種付け時活性値:0.75
The Phoenix 1940
Admirable 1942
グリンライト
栗毛 1947.4.6
仔受胎時活性値:0.75
ダイオライト[A]
黒鹿毛 1927
種付け時活性値:0.75
栄幟
鹿毛 1938
仔受胎時活性値:2.00(0.00)

<5代血統表内のクロス:Hyperion5×4、Rustom Pasha5×4、Nearco5×5>

ニホンピロウイナー(1980.4.27)の中島理論的総括
形相の遺伝 料の遺伝 牝系 何番仔?
スティールハート
(Little Hut)
5.50 or 3.50 伯父キタノカチドキ
(No.3-L フロリースカップ系)
3番仔
(3連産目)
第2回マイルCS(GI)の結果(上位5頭。年齢は現年齢表記に合わせる)


馬名 性齢
騎手 走破
時計
着差 馬体重 調教師
1 3 ニホンピロウイナー 牡5 57 河内洋 1:35.3    480 服部正利 1
2 2 トウショウペガサス 牡6 57 田原成貴 1:35.8 3 516 奥平真治 4
3 8 エーコーフレンチ 牡4 57 田島信行 1:35.8 クビ 460 安田伊佐夫 5
4 1 ドウカンテスコ 牡3 55 大塚栄三郎  1:35.9 ハナ 502 田中朋次郎 10
5 14 ウエスタンファイブ 牝3 53 東信二 1:36.2 2 452 境勝太郎 2
第2回マイルCS(GI)のラップタイム
1F毎の
ラップ
12.4-10.9-11.4-11.9-11.8-11.9-12.2-12.8
上り 4F 48.7-3F 36.9

20世紀最高の内国産マイラー、ニホンピロウイナー。通算26戦16勝、2着3回、3着1回。こと1600m以下ならば18戦14勝、2着3回。ただ1回の着外となった、現年齢表記3歳6月に挑んだ古馬相手の阪急杯(現GIII)9着も、落鉄の影響があったということ。お、恐るべしは、その短距離における才能。

豊かなスピードは代を経ても受け継がれ、ヤマニンゼファー(1988.5.27)フラワーパーク(1992.5.8)の2頭のGI勝ち馬をはじめ、重賞勝ち馬を数多く輩出しました。いま述べた代表産駒2頭はもちろん印象深いのですけれど、晩年に送り込んだ「鬼っ子」メガスターダム(1999.4.2)には驚かされましたね。まま、メガスターダムも初勝利となった2歳未勝利戦の淀芝1400mで1分21秒4の快時計勝ちを収めた時はニホンピロウイナーらしさを見せていたのですが(^_^.)

なお「淀芝1400mで1分21秒4の快時計勝ち」というと、ニホンピロウイナーが最も強い競馬をしたと言われる1984年のスワンS(GII)が、まさにその走破時計で当時のレコードタイムでした。どんなコースでも強さを見せたニホンピロウイナーですけれど、こと淀について言うならば、7戦7勝。短距離王者の威厳が遺憾なく発揮されたコースだったのでした。

では、以下にニホンピロウイナーのごく簡単な近親牝系図を示しておきます。

ライトフレーム 1959.3.15 不出走
|キタノカチドキ 1971.3.27 中央11勝 皐月賞(現JpnI) 菊花賞(現JpnI)を含む重賞9勝
|ニホンピロエバート 1974.3.17 中央1勝
||ニホンピロウイナー 1980.4.27 (本馬) 中央16勝 GI3勝を含む重賞10勝
||ニホンピロピュアー 1985.3.15 中央2勝
|||ニホンピロスワン 1997.4.29 中央3勝 ローズS(GII)
||テイエムメデル 1991.4.21 中央2勝
|||テイエムサウスポー 1998.5.14 中央2勝 京王杯3歳S(現京王杯2歳S、JpnII)ほか
|リードスワロー 1975.2.20 中央5勝 エリザベス女王杯(現GI) 阪急杯(現GIII)

私が初めて購入した月刊「優駿」は1993年7月号でした。その号ではスティールハート、ニホンピロウイナー、ヤマニンゼファーと3代続いた短距離GI勝ち父仔の特集が組まれていたのですけれど、文中でニホンピロウイナーの祖母ライトフレームについてのエピソードが紹介されていました。ライトフレームは受胎しにくい体質だったそうで、生産者の佐々木節哉さんが苦慮した結果、厳冬期の山中で放し飼いをされた末に発情がやって来たそうです。その後に生産されたのが、キタノカチドキ、ニホンピロエバート、リードスワローという「賢兄賢妹」のきょうだい馬たちでした。

ニホンピロウイナーが現在を以って語り続けられるのは、短距離というカテゴリーの王者でありながら、その地位に甘んずることなく「挑戦者」だったからなのでしょう。距離不適、そして絶対皇帝と共に走ることを承知で挑んだ府中芝2000m、満5歳秋の天皇賞(GI)。「あっと驚く」ギャロップダイナ(1980.4.25)の1分58秒7のレコード駆けから惜しくも0秒2差、同着3着だったとは言え、短距離王の矜持は見せました。

そんなゼネラリストを目指したニホンピロウイナー。自身はGIでは遂げられませんでしたけれど、息子ヤマニンゼファーが見事にその精神を受け継いで、成就しました。息子が満5歳秋に天皇賞を制した折の勝ち時計は1分58秒9。父が8年前に走破した際と同じタイムで、雪辱を果たしたのでした。

果たして、内国産馬で彼ほどに長きに渡り信頼を置かれる短距離馬がこれから出て来るでしょうか。JRAの競馬番組改革に合わせるかのようにして現れた「時代の申し子」ニホンピロウイナー、真に不世出の名馬でした。

では、以上オオハシでした。これから走る馬、人すべてが無事でありますように。

|

« 第40回マイラーズC(GII)の勝ち馬。 | トップページ | クラシック初戦の2着馬。 »

競馬」カテゴリの記事

競馬(血統)」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)


コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。



トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/112781/44781160

この記事へのトラックバック一覧です: ニホンピロウイナー(1980.4.27)。:

« 第40回マイラーズC(GII)の勝ち馬。 | トップページ | クラシック初戦の2着馬。 »